フリーランスエンジニアの法人化タイミング【2026年版】|月単価60万・80万・100万の手取りシミュレーションで見る「個人のまま/マイクロ法人二刀流/完全法人化」3択の判断フロー
2026年、法人化の損益分岐点が動いた3つの制度変更
「売上1,000万円を超えたら」「課税所得800万円を超えたら」——フリーランスの法人化目安として長く使われてきたこの2つの数字は、2026年(令和8年)に同時に起きた3つの制度変更を織り込むと、そのままでは使えません。まず何が変わったのかを押さえます。
国保の賦課限度額が年110万円に|月単価75万円前後で上限に張り付く
国民健康保険の賦課限度額(年間保険料の上限)は、2026年度から合計110万円(前年度109万円)に引き上げられました。改正政令は2026年1月15日に官報公布、4月1日施行です。2022年度の102万円から4年連続の引き上げで、上限に達する所得層は年々「下」に広がっています。
東京23区の料率(所得割約11%)で試算すると、月単価75万円(年商900万円、経費率10%で所得約810万円)前後から40歳以上の方は上限110万円に張り付きます。40歳未満は介護納付金分(17万円)がかからないため実質の上限は約93万円ですが、それでも国民年金(2026年度は月17,920円、年約21.5万円)と合わせて社会保険料だけで年115〜130万円超。所得税や住民税より先に、この請求書で「あれ、こんなに?」と感じるのが2〜3年目の典型パターンです。
基礎控除が所得連動型・最大95万円に|「課税所得800万円ライン」はもう古い
令和7年度税制改正で、所得税の基礎控除は一律48万円から所得連動型に変わりました。2025年分・2026年分は以下の区分です(出典: 国税庁「令和7年度税制改正」)。
| 合計所得金額 | 基礎控除額 |
|---|---|
| 132万円以下 | 95万円 |
| 132万円超〜336万円以下 | 88万円 |
| 336万円超〜489万円以下 | 68万円 |
| 489万円超〜655万円以下 | 63万円 |
| 655万円超〜2,350万円以下 | 58万円 |
月単価60〜100万円の読者はほぼ「63万円」か「58万円」の帯に入ります。加えて給与所得控除の最低保障が65万円に引き上げられたため、法人から役員報酬を受け取る側の計算も変わりました。「課税所得800万円で所得税率が法人実効税率を超える」という従来の説明は、控除の前提が違う以上、そのまま当てはめると数十万円単位でズレます。
インボイス2割特例の終了|個人は2026年分が最後、消費税負担が跳ねる
インボイス登録した免税事業者向けの「2割特例」(納税額=売上税額の2割)は、個人事業主は2026年分(申告期限2027年3月31日)が最後、法人は2026年9月30日を含む事業年度が最後です。個人と法人で終了時期が異なる点は、後述の決算期設計で効いてきます。
2027年以降は本則課税か簡易課税(エンジニアはサービス業=第5種、みなし仕入率50%)を選ぶことになり、年商960万円なら納税額は2割特例の約19万円から簡易課税で約48万円へ、およそ2.5倍に跳ねます。
この3要因は「同時に」効きます。国保だけ、所得税だけ、消費税だけを見て判断すると、必ずどこかで計算が合わなくなります。以下、換算の目安です。
| 月単価(税抜) | 年商 | 意味 |
|---|---|---|
| 60万円 | 720万円 | 個人のままが基本 |
| 70万円 | 840万円 | 旧目安「課税所得800万円」相当 |
| 75万円 | 900万円 | 国保が上限に到達(40歳以上) |
| 83万円 | 1,000万円 | 消費税の壁(免税判定ライン) |
| 100万円 | 1,200万円 | 完全法人化の検討ライン |
月単価60万・80万・100万の手取りシミュレーション【3択比較表】
前提条件と計算方法(東京23区・単身・40歳未満・経費率10%)
比較する3択は次の通りです。
- ①個人のまま: 青色申告特別控除65万円(e-Tax+複式簿記)、小規模企業共済(月7万円・年84万円、全額所得控除)、iDeCo(個人事業主は月6.8万円・年81.6万円)を満額
- ②二刀流: 個人事業を残し、別事業(技術顧問・教材販売など)を年商120万円のマイクロ法人に置く。役員報酬は月4.5万円で健康保険・厚生年金を最低等級(標準報酬月額58,000円/88,000円)に。労使合計の社保は年約26万円。iDeCoは会社員扱いで月2.3万円に縮小(2027年1月から6.2万円に拡大予定)
- ③完全法人化: 全売上を法人に。役員報酬は定期同額給与で月40〜60万円、法人税等は実効約23%
共通条件は東京23区・単身・40歳未満・経費率10%・消費税は簡易課税(第5種)、法人維持費は均等割7万円+税理士報酬35〜45万円、月単価は税抜。設立費用(株式会社20〜25万円、合同会社6〜10万円)は初年度のみなので表から除外しています。
注意: 以下はすべて概算です。令和8年度の自治体料率・年齢・扶養構成で結果は変わります。最終判断は必ず税理士に確認してください。
月単価60万円(年商720万円)|個人のままが最も手取りが残る
| 年間負担(万円) | ①個人のまま | ②二刀流 | ③完全法人化(報酬月40万) |
|---|---|---|---|
| 所得税 | 17 | 19 | 5 |
| 住民税 | 28 | 31 | 12 |
| 健康保険・年金 | 95(国保73+年金22) | 26 | 139 |
| 消費税 | 36 | 36 | 36 |
| 法人維持費・法人税等 | 0 | 44 | 55 |
| 負担合計 | 176 | 156 | 247 |
| 手元に残る額 | 472 | 492 | 401 |
※「手元に残る額」=所得(年商-経費)-負担合計。共済・iDeCoの積立分(①166万円、②③112万円)は将来の資産として含めています。
数字だけ見ると②が20万円ほど有利ですが、設立費用(初年度でほぼ相殺)、2社分の帳簿・申告、後述の「事業実態」の説明責任を背負って年20万円を取りにいく段階ではありません。60万円帯は①で守りを固めるのが合理的です。
月単価80万円(年商960万円)|二刀流の社保圧縮が効き始める分岐帯
| 年間負担(万円) | ①個人のまま | ②二刀流 | ③完全法人化(報酬月50万) |
|---|---|---|---|
| 所得税 | 50 | 60 | 9 |
| 住民税 | 48 | 53 | 20 |
| 健康保険・年金 | 115(国保93=上限+年金22) | 26 | 169 |
| 消費税 | 48 | 48 | 48 |
| 法人維持費・法人税等 | 0 | 44 | 70 |
| 負担合計 | 261 | 231 | 316 |
| 手元に残る額 | 603 | 633 | 548 |
国保が上限に張り付き、社保の総額は年115万円。②は社保を26万円まで圧縮でき(40歳以上なら約105万円の圧縮)、国保の所得控除が消える分を差し引いても年30万円前後の差になります。一方③は、役員報酬月50万円だと健保・厚生年金の労使合計が169万円と国保上限を大きく超え、手取りでは①に負けます。
月単価100万円(年商1,200万円)|完全法人化と二刀流の比較が本番
| 年間負担(万円) | ①個人のまま | ②二刀流 | ③完全法人化(報酬月60万) |
|---|---|---|---|
| 所得税 | 95 | 105 | 17 |
| 住民税 | 70 | 74 | 29 |
| 健康保険・年金 | 115 | 26 | 200 |
| 消費税 | 60 | 60 | 60 |
| 法人維持費・法人税等 | 0 | 44 | 86 |
| 負担合計 | 340 | 309 | 392 |
| 手元に残る額 | 740 | 771 | 688(うち法人内留保約114) |
競合媒体の汎用シミュレーションでは「年収1,000万円で個人と法人が同等、1,500万円で法人が年150万円有利」とされますが、上の表が示すのは、単身・扶養なしの前提では月単価100万円でも完全法人化は手取りで勝てないという現実です。理由は明快で、国保が上限に張り付いた個人は「それ以上稼いでも社保が増えない」のに対し、法人の社保は役員報酬に比例して増え続けるからです。
③が逆転するのは、配偶者を役員にして所得を分散する、社宅(家賃の5〜8割を法人負担)・出張日当・退職金で個人の生活費を経費化する、あるいは課税所得が900万円を超えて所得税率33%に入る月単価120万円超の帯です。役員報酬を月40万円に抑えて法人に利益を残す設計もありますが、そのお金は個人が自由に使えない点を忘れないでください。
「個人のまま/二刀流/完全法人化」を選ぶ判断フロー
自分の月単価→年商→所得の順にたどってください。
``` 月単価は70万円未満? ├─ Yes → STEP1: 個人のまま守りを固める └─ No → 40歳以上 or 国保が上限に到達している? ├─ No → STEP1(毎年再判定) └─ Yes → 個人事業と切り分けられる別事業がある? ├─ Yes → STEP2: 二刀流を検討 └─ No → 月単価90万円超 かつ 所得分散・社宅を使える? ├─ Yes → STEP3: 完全法人化 └─ No → STEP1+共済3点セットで所得控除を最大化 ```
STEP1: 月単価70万円未満なら個人のままで守りを固める
法人化しないのは「負け」ではなく、固定コストゼロで最大の所得控除を取りにいく戦略です。小規模企業共済(年84万円)・iDeCo(年81.6万円)・経営セーフティ共済(月20万円・累計800万円まで全額経費、解約時は益金)の3点セットで、課税所得を年200万円以上圧縮できます。SESや受託で独立した直後の方は、1年目は実績と単価を上げることに集中し、2〜3年目にこのフローで再判定してください。
STEP2: 月単価70〜90万円は二刀流を検討——ただし否認リスクと落とし穴を確認
二刀流は年30万円前後の効果がある一方、正直に書いておくべき落とし穴があります。
- 事業実態: 同じSES案件の請求を個人と法人に「分割」するだけでは、社保逃れ目的とみなされ否認されるリスクがあります。法人には技術顧問・教材・受託の別ラインなど、独立した売上と契約が必要です
- 年金: 厚生年金が最低等級(88,000円)のため、報酬比例部分は加入1年あたり年約5,800円しか増えません。国民年金より減るわけではないものの、「厚生年金に入っている安心感」ほどの受給額にはなりません
- iDeCo: 2026年中は掛金上限が月6.8万円から2.3万円に縮小します
- 信用: 役員報酬月4.5万円の法人は融資審査や賃貸契約で不利になることがあります
- 2社分の記帳・申告・社保手続きが発生します
STEP3: 月単価90万円超・売上1,000万円超は完全法人化と役員報酬設計
完全法人化の勝敗を決めるのは役員報酬の設定です。月40万円(標準報酬41万円)で社保は年約139万円、月60万円で約200万円と、40歳未満の国保上限+年金(115万円)を超える「逆転」が月40万円前後から始まります。役員報酬は定期同額給与のため期中変更ができず、決めた額で1年走ることになります。給与所得控除・社宅・出張日当・退職金・配偶者役員への所得分散を初年度の設計に組み込めるかどうかが分かれ目です。
法人化すべきでないケース
案件が不安定で来期の売上が読めない、経費がほとんどない、1〜2年で会社員に戻る可能性がある——このいずれかに当てはまるなら、法人の固定費(年50万円前後)と解散コストが重くのしかかります。無理に動かず、STEP1で再判定を続けてください。
この秋〜年末に動くための実務タイムライン|9月決算・インボイス届出・会計ソフト移行
決算月をいつにするか|9月決算と12月31日のインボイス届出期限の絡み
決算月は「設立月の前月」にするのが原則です。第1期を最長の12か月にでき、免税や特例の期間を最大化できるからです。10月設立なら9月決算、というのはこの原則から来ています。
ここで2割特例の終了時期が絡みます。法人の2割特例は「2026年9月30日を含む事業年度」まで。つまり10月1日以降に設立した法人の第1期には9月30日が含まれず、2割特例は最初から使えません。9月中に設立して8月決算にすれば第1期(2027年8月まで)は丸ごと2割特例の対象になりますが、記事公開時点で登記まで間に合うかはかなりタイトです。10月以降の設立なら、2割特例はあきらめて設立事業年度の末日までに簡易課税選択届出書を出す前提で組んでください。
個人側は2026年分申告(2027年3月31日)が2割特例の最後なので、「個人は12月締め・法人は9月締め」で締めが違う構造になります。個人の最終申告と法人の第1期が並走する年になることを、税理士と共有しておきましょう。
個人事業のインボイス登録取消・簡易課税選択届の期限(12月17日/12月31日)
- 登録取消届出書(完全法人化で個人の登録をやめる場合): 翌課税期間開始日の15日前、つまり2026年12月17日まで。過ぎると2027年も個人が課税事業者のまま1年ズレます
- 簡易課税制度選択届出書(個人事業を残す場合): 原則は適用したい課税期間の開始前日=2026年12月31日まで。なお2026年分で2割特例を適用した事業者は、翌課税期間(2027年)中に提出すればその年から簡易課税を適用できる特例があります。とはいえ、年内に出しておくのが安全です
新設法人の消費税・簡易課税の届出特例と設立初年度の扱い
資本金1,000万円未満の新設法人は原則として設立後2期が免税ですが、取引先がインボイスを求める以上、登録して課税事業者になるのが実務上の前提になります。簡易課税は設立事業年度の末日までに届出書を出せば初年度から適用可能です。9月決算の10月設立法人なら、2027年9月30日が期限です。
freee/マネーフォワードで法人アカウントに移行する実務ステップ
個人と法人ではアカウント体系が別で、個人事業のデータを法人アカウントに引き継ぐことはできません。流れは次の通りです。
1. 法人設立freee/マネーフォワード クラウド会社設立で定款作成(電子定款で印紙代4万円が不要) 2. 登記完了後、法人口座を開設(ネット銀行は1〜3週間、メガバンクは1か月以上見込む) 3. 法人プランで会計アカウントを新規作成(両社とも年払いで月3,000円前後から) 4. 開始残高(資本金・設立費用の立替)を登録し、法人口座・法人カードを同期 5. 個人アカウントは2026年分の確定申告が終わるまで維持し、最終申告後に解約
実際に個人の会計データを法人へ流用しようとして手が止まる方が多いのですが、割り切って「個人は締めるまで別管理」と決めた方が結果的に早く終わります。
年内にやることチェックリスト(設立→届出→口座→契約先への切替通知)
契約先(SES事業者・エージェント・直請け)への請求主体変更は、契約巻き直しと振込先変更を伴うため、切替月の2〜3か月前から着手します。
| 時期 | やること |
|---|---|
| 9月 | 月単価→年商を換算し3択を決定、税理士に相談、決算月を決める |
| 10月 | 定款作成・登記申請、法人名義の印鑑と口座準備、契約先に切替予定を打診 |
| 11月 | 登記完了・法人口座開設、会計ソフト法人アカウント初期設定、契約書巻き直し |
| 12月 | 登録取消届(12/17)・簡易課税選択届(12/31)、契約先へ請求主体・振込先変更の正式通知 |
| 翌1〜3月 | 個人の最終確定申告(2割特例の最後)、法人第1期の記帳を軌道に乗せる |
設立後の届出期限も一覧にしておきます。
| 届出 | 提出先 | 期限 |
|---|---|---|
| 法人設立届出書 | 税務署 | 設立から2か月以内 |
| 法人設立届出書 | 都道府県税事務所(23区は都税事務所) | 東京都は15日以内 |
| 青色申告承認申請書 | 税務署 | 設立から3か月以内、または第1期末日の前日のいずれか早い日 |
| 給与支払事務所等の開設届出書 | 税務署 | 開設から1か月以内 |
| 健康保険・厚生年金 新規適用届/資格取得届 | 年金事務所 | 事実発生から5日以内 |
| 簡易課税制度選択届出書 | 税務署 | 設立事業年度の末日まで |
まとめ
2026年は国保上限110万円・基礎控除の所得連動化・2割特例終了が同時に効く年で、「売上1,000万円 or 課税所得800万円」だけで法人化を判断するとズレが生じます。月単価60万円帯は個人のまま青色65万円・小規模企業共済・iDeCoで守るのが最適。70〜90万円帯は国保上限に張り付く社保を二刀流で圧縮する検討価値があり、ただし事業実態・年金・iDeCo枠の落とし穴を確認する。90万円超は完全法人化の検討ラインですが、役員報酬を高くすると社保が国保上限を超えて逆転するため、所得分散・社宅・退職金まで含めた設計ができるかが条件です。
どの選択でも共通するのは、登録取消(12月17日)・簡易課税選択(12月31日)の期限が年末に集中し、決算月と会計ソフト移行を含めて秋のうちに方針を決める必要があること。本記事の数字は東京23区・単身・40歳未満・経費率10%の概算です。自分の自治体料率と扶養構成で再計算し、税理士に確認したうえで、チェックリストを一つずつ進めてください。次の一歩は「自分の月単価を年商に換算し、判断フローのどの分岐にいるかを確かめる」ことです。
そして、どの分岐にいるにせよ、手取りを最も大きく動かすのは節税ではなく月単価そのものです。月単価が10万円上がれば年商は120万円増え、どの制度変更より大きなインパクトになります。Node Bridgeでは、あなたのスキルと希望単価に合ったフリーランスエンジニア向け案件を掲載しています。法人化の判断とあわせて、来期の単価を一段上げる案件を探してみてください。
